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黒澤明 『姿三四郎』 #01

記念すべき黒澤明監督デビュー作品。明治中頃の世相を背景に、柔術家姿三四郎が成長していく姿が描かれています。

今観ると、さすがに古さを感じるのは否めないけど、この映画が作られたのは、敗色濃い戦局にあった混迷の時代。そんな中で、柔道の投げ技で人間が10メートル近くふっ飛んだり、三四郎と小夜の淡くほのかなラブロマンスあり、吹きすさぶ強風の中での死闘あり。娯楽が全くなかった時代、さぞかし当時の観客は映画の面白さを堪能した事でしょう。

監督として初めての映画作りが、ただただ面白く楽しくてしかたがなかったと、黒澤監督は当時の思い出を語っています。若き黒澤監督の映画に対するほとばしるような情熱は、混迷の時代と相俟って、第一作めからパワーを放ち、観客を魅了していたのだ。こういう映画はリアルタイムで観たかったなあ。

アクションシーンはもちろんだけど、印象的なのは蓮池で花が咲くシーン(三四郎が生まれ変わるきっかけとった)。それと小夜(轟夕起子さん)の慎み深くも健気な美しさが、より一層作品に花を添えています。

姿三四郎

 姿三四郎 1943(昭和18)年 98分
  【脚本】黒澤 明 【撮影】三村 明 【音楽】鈴木静一
  【出演】藤田 進、大河内伝次郎、月形龍之介、轟夕起子、志村 喬 他

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黒澤明 『一番美しく』 #02

太平洋(大東亜)戦争さ中、学徒勤労動員令により勤労奉仕に従事する女子挺身隊の物語。

戦争による労働力不足で、国家が強制的に少年・少女達を無報酬で働かせていた時代。ここでは軍事工場で働く少女達の姿が、まるでドキュメタリかと思わせる自然なタッチで映し出されています。

実はその裏には、女優達の芝居気を取り去るために、駆足の訓練からバレーボール、鼓笛隊の練習、さらに実際に工員同様の日課で労働をさせた、という経緯がある事を知って驚きました。やはりやるからには半端じゃない、黒澤監督ならではの徹底ぶりが窺えます。

この映画は、砲弾が飛び交ったり、人が無惨に死んでいったりする戦争とはまた別の側面から、戦争という時代の様相を知ることのできる貴重な記録だともいえるでしょう。そして少女たちの私情を捨てた<滅私奉公>の精神は、当時の社会体制の是非はともかくとして、その心自体は純粋で美しい!のです。

そしてラスト、主人公(※矢口陽子さん)の涙は、何ともやりきれない感傷の念にかられます。それは戦争が個人にもたらした悲しい宿命ではあるのですが、今の時代では流し得ない崇高な涙のようにも思えるのです。

後に黒澤監督夫人となる。

一番美しく

 一番美しく 1944(昭和19)年 85分
  【脚本】黒澤 明 【撮影】小原譲治 【音楽】清田 茂
  【出演】矢口陽子、入江たか子、志村 喬 他

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黒澤明 『続 姿三四郎』 #03

デビュー作姿三四郎の大ヒットにより、会社(東宝)からの要請で作られた続篇。

前作のラストの死闘で敗れた檜垣源之助の弟・鉄心と源三郎が、兄の復讐のために三四郎に闘いを挑む。今回は柔道と他武道(拳闘、空手)との闘い、という展開になるのですが、どうしても前作に比べると、全体的にインパクトが弱いのは致し方ないですね。

作り手の黒澤監督自身も、ヒット作の続編を作るという、安易な商業主義にあまり乗り気がなかったようで、「無理矢理創作意欲をかりたてねばならなかった」と語っています。

ラストの雪山での裸足の決闘シーンは、この映画での見せ場でしょう。極寒の中、撮影現場ではスタッフも俳優も相当大変だったようです。

しかしそういったシーンよりも私には、姿三四郎を通してあるべき人間の姿(洒落ではない^^)を観せられた感が強かったです。単に格闘における強さだけを追い求めていた鉄心と源三郎に、「負けた!」と言わせしめた、三四郎の純粋無垢な心。青臭いかもしれませんが、自分もこうありたいと思ったのでした。

続 姿三四郎

 続 姿三四郎 1945(昭和20)年 82分
  【脚本】黒澤 明 【撮影】伊藤武夫 【音楽】鈴木静一
  【出演】藤田 進、大河内伝次郎、轟夕起子 他

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黒澤明 『虎の尾を踏む男達』 #04

歌舞伎十八番の一つ、『勧進帳』を基に、映画化された作品。

追われる身の源義経が、家来の弁慶らと共に東大寺勧進の山伏と称し、安宅関を通過する危難が描かれる。ここでは原作には存在しない、コミカルなキャラクター(エノケン)を加えて、映画的にアレンジしています。

この「虎の尾〜」は、日本の敗戦をはさんで、いわば戦前と戦後の狭間で撮影が行われた作品。戦後まもない占領軍(GHQ)配下の検閲で「歌舞伎を愚弄するもの」として、上映禁止を喰らう。しかし後に、GHQの映画担当官が大変面白がって上映禁止を解除してくれたという、そんなエピソードがあります。

先の検閲官は日本人で、後の担当官はアメリカ人だったのは皮肉な話ですね。「日本の伝統的古典芸能に、映画の娯楽性をプラスした」ユニークな作品として、アメリカ人には柔軟に感じ取れたのでしょう。

う〜んただ、正直なところ歌舞伎や能に全く造詣のない私には、何がどう面白いのかさっぱりわからなかったのです(^^;)。

虎の尾を踏む男達

 虎の尾を踏む男達 1945(昭和20)年 56分
  【脚本】黒澤 明 【撮影】伊藤武夫 【音楽】服部 正
  【出演】大河内伝次郎、藤田 進、榎本健一 他

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黒澤明 『わが青春に悔なし』 #05

戦中、国家主義によって言論・思想がことごとく弾圧されていた時代。反戦・平和運動に命を捧げる男(藤田進)と共に、あえて苦難の道を選んで生きる女性(原節子)の物語。

この作品は何と言っても原節子さんの存在に尽きるでしょう。むさ苦しい男子学生達の中にあって、美しいお嬢さんの存在は、荒野に咲く可憐な一輪の花のよう(例えが変?^^;)。

しかし彼女は生きる実感のない生活を捨てて、あえて逆風の人生を歩み出すのです。特に終盤、お嬢さんから一転して土にまみれた農婦に変貌していくのですが、毅然とした強い意志を備えたその姿にこそ、真の美しさを感じてしまいました。

この映画は反戦映画と観る向きもあるようですが、それよりも時代を越えた普遍的なテーマが凝縮されているメッセージ映画だと私は思います。特に作中、繰り返し語られるセリフは心に残ります。

顧みて悔いのない生活を」 「自由の裏には苦しい犠牲と責任がある事を忘れてはいけない

戦後60年を過ぎ、自由主義の世の中になったとはいえ、今あらためてこの作品を観ると、真の自由とは何かが問い直されている気がします。

わが青春に悔なし

 わが青春に悔なし 1946(昭和21)年 110分
  【脚本】久板栄二郎 【撮影】中井朝一 【音楽】服部 正
  【出演】原 節子、藤田 進、大河内伝次郎、河野秋武、杉村春子 他

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黒澤明 『素晴らしき日曜日』 #06

戦後まもない東京を舞台に、貧乏な恋人同士が過ごす日曜日。その日2人が持っていたお金は合わせて35円(当時コーヒー一杯10円)しかない。この時代は国全体が貧窮に喘いでいた時代で、映画の中で映し出される都市の荒廃した風景からも、それを窺い知る事ができます。

それにしても美しくもなく、ロマンチックでもない、みじめな恋愛映画だなあ。今観ると、面白くも何ともないんだけど、当時の観客はこのずっしりした現実感に随分共感をおぼえたという。この作品は黒澤監督の本来の作家としての姿勢が投影されている、との事。黒澤リアリズムといわれる典型的な表現なのかもしれません。

散々だった日曜日の最後、二人だけの音楽会の場面で、女が誰もいない観客席に向かって拍手を呼びかける。実は映画の中の人物が直接観客に話しかける新しい手法で、観客にこの映画に参加してもらいたいという狙いがあった。しかし日本ではなかなか観客の拍手がなく、パリでは熱狂的に拍手をしてくれたそうです。黒澤作品が、日本より世界での評価が高い、といわれる所以がわかる気がしますね。

素晴らしき日曜日

 素晴らしき日曜日 1947(昭和22)年 109分
  【脚本】植草圭之助 【撮影】中井朝一 【音楽】服部 正
  【出演】沼崎 勲、中北千枝子 他

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黒澤明 『酔いどれ天使』 #07

世界の黒澤三船が出会った、記念碑的作品。終戦の焼け跡が残る盛り場を舞台に、闇市を取り仕切るヤクザ(三船敏郎)と破天荒な開業医(志村喬)、それぞれの葛藤が描かれています。

この映画の魅力は、やはり三船敏郎のギラギラした存在感でしょう。筋肉質でスラッとした体躯、ワイルドでかつ繊細な感性を秘めた雰囲気は、観る側を強烈に印象づけます。

黒澤明 監督と三船敏郎、もしこの強烈な個性の出会いがなければ、両者共に、後に世界の〜と称される程の名声を得るに至ったかどうか。そういった意味で、初期黒澤映画の大きなターニングポイントとなる作品ですね。

またこの映画では、時代(終戦直後)のリアルな光景と共に、メタンガスが沸き立つ汚い沼の映像も印象的です。当時の世相や人々の心理を、黒澤監督独特の感性で映し出した表現描写なのでしょう。

酔いどれ天使

 酔いどれ天使 1948(昭和23)年 98分
  【脚本】植草圭之助、黒澤 明 【撮影】伊藤武夫 【音楽】早坂文雄
  【出演】志村 喬、三船敏郎、小暮美千代、山本礼三郎 他

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黒澤明 『静かなる決闘』 #08

戦時中、戦地の軍医として負傷兵を治療中に、梅毒に感染してしまった医師の物語。

精神は純血でありながら、自分の血には不純な、人間の命をも陥れる恐ろしい血が流れている。その血をばらまく事は、人を崖から突き落とす事も同じ。医師として、高潔な倫理感を持った藤崎(三船敏郎)は、その血を絶やす為に自らの幸せも欲望も犠牲にし、自分に病を移した男にすら完治のための手助けをする。

そんな医師の孤独な闘いが、文字どおり静かに描かれていくのですが・・・。

愛する女性にも打ち明けず、とうとう彼女が他の男と明日結婚してしまうと知った時、今までずっと閉じ込めていた苦悩が、激しく堰を切ったようにぶちまけられる!・・・この白熱のシーンには思わず涙してしまいました。

人間って、どんなに強い使命感や立派な主義を持っていても、そういつも強く生きていけるものじゃないんだ。何だか安心すると共に、その強さと弱さが混在するのが人間なんだな、とあらためて思ったりしました。

言い換えると、人は皆、理性(良心や使命感)と本能(願望・欲望)の両極の狭間で生きている存在なのではないでしょうか。その葛藤に悩む医師の姿を通して、人間の尊厳とは何かを問うた作品だと私はとらえています。

静かなる決闘

 静かなる決闘 1949(昭和24)年 94分
  【脚本】黒澤 明、谷口千吉 【撮影】相坂操一 【音楽】伊福部昭
  【出演】三船敏郎、三条美紀、志村 喬、千石規子 他


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黒澤明 『野良犬』 #09

終戦直後の混乱した時代を背景にした犯罪ドラマ。新米刑事(三船敏郎)が拳銃を盗まれ、その行方を追っていくうち、盗まれた拳銃による強盗傷害事件が発生する...。

この作品はストーリー展開の巧みさもさる事ながら、物語のバックで当時の東京の風景がドキュメンタリー風に映し出されており、敗戦による混沌とした人々の心理世相がリアルに描かれています。

またこの映画の中での、「恐ろしく暑い夏の日」の情景は、映像を通して観る側にも不快指数が高まってくる程。観客も、映画の中に居合わせているかのように感じてしまう臨場感。この辺りの描写が、黒澤映画の骨頂だといえるのでしょう。

終盤、事件の犯人が割れ、異様に殺気立った雰囲気に変貌していく三船敏郎の鬼気迫る演技は、この頃から既に日本人離れした存在感を漂わせています。作品の雰囲気自体も、まるでフランスヌーベルバーグ(?)でも観ているような錯覚に陥っていくのでした。

野良犬

 野良犬 1949(昭和24)年 121分
  【脚本】黒澤 明、菊島隆三 【撮影】中井朝一 【音楽】早坂文雄
  【出演】三船敏郎、志村 喬、淡路恵子、木村 功 他

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